ミルを記録する。
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今日まで、そして明日から。

家族と、大事な友人達に会って、帰阪した。友人の何人かは、自分たちは「被災者ではない」ということも言っていた。関西に住む私からすれば、彼らは、震災により不自由な生活を強いられたし、実際、親類や知人を亡くしているから、被災者だろうと思うが、彼らの中では、自分たちは生活も仕事もできているから、「被災者」という言葉は、避難所にいる人や、もっと大変な生活をしている人たちを指して使っているようだ。この言葉への捉え方は、人それぞれだけど、ある公演の際に、自分を「被災者」だと言った東京の演出家のことが頭をよぎった。




今回の震災で、今まで感じなかったことも感じた。
地震の直後、大阪の知人からは、私の実家や家族を心配する連絡があり、自分の想像以上に、私の実家が宮城にあるということをみんな覚えていてくれているんだな、と初めは嬉しかった。(おそらく、関西で東北出身者が極端に少ないのもあるだろうが)ただ、たくさんのメールや電話をもらう中、実際、私の身内に不幸があった場合、心配して連絡をくれる人は、それをどうやって受け止めるつもりなんだろう、とも思った。きっと、そこまでは考えていないだろうし、自分も、逆の立場だったら、そこまで考えなかったと思うが、仮に、“実は、うちの家が流されて…”とか、“家族が津波に巻き込まれて、安否の確認もとれない状態で…”という人間に、どう、言葉をかけられるのだろう。何も言えないはずだし、言ってほしくない。
連絡をくれなかった人を、薄情だとも思わない。連絡をくれた人こそが、本当の友人だ、とも思わない。実際、私には直接は聞けないから、私の家族や地元の状況を知っている友人に、こっそり尋ねた人も何人かいたことは、あとから聞いた。
今後、自分が誰かのことを想うときは、教訓にしようと思った。
また、チャリティーとか、募金とか、どうもうそ臭くて、今までは、好きになれなかったんだけど、実際、そのお金で助かる人や、そのイベントで勇気付けられる人がいるのであれば、意味はあるのかなって、少し思った。だけど、募金も、チャリティーイベントも、こんな復興に何年もかかるものに対して、いつ終えるのかは、きちんと考えなくてはならないと思う。一回やって、一週間やって、自分たちの何かやりたい、という気持ちを満足させるためだけでは、無責任だと思う。世の中から、震災のニュースが少なくなったときが、復興したときではないのだから。
最後に、本当に、嫌だったこと。心配してメールをくれた人の中で、心配するのが当たり前、というか、義務のような書き方をする人がいた。具体的に説明するのが、難しいのだけど、メールの中に「遅くなってゴメン」と、連絡が遅れた理由が書いてあって、その“遅い”というのが、どういう意味かわからなかった。その人にとっては、心配するのが当たり前で、それで連絡が遅くなった、という意味なのだろうが、それって義務でも当然でもない。また、別の人は、「とても心配している」と言うくせに、そのときの家族や故郷の状況を、かなり細かく返信で書いても、それには何の返信も無い人もいた。別に、返信なんていらないのだけど、心配するって、そういうことなんかな、と嫌な気分になった。結局、こういう人らって、自分の安心感を得るために、そういうことをするんだろうな。そして、自分の友人には、被災地に実家のある人がいて、って、周りに深刻な顔して話すんだろう。やめてほしい。
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by tsubasahappy | 2011-05-29 00:51