ミルを記録する。
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今日も朝から晩まで芝居に漬かる。役者じゃなくて。

今日は学校で学祭があるにも関わらず、院の授業はある。まぁ、学祭には参加しないからいいんだけどね~。
生徒の一人が自分の研究について軽~く発表。岡山県で行われた、犬島アーツフェスティバルのその後について研究している方で、ヒアリングや他の事例との比較も行っている。それに絡め先生が弘前劇場の批評的地域主義、田中泯のアートキャンプ、黒テントの唐桑半島(北方舞踏派のたいまつを持ちながら海へ)。ダムタイプとか、岩村源太とか高嶺格("ただす"と読む)とか、とかだらけではあるが、これを知ってる人って相当アーツマニアだし、これってもしかしたら自分にだけされてる授業?なんて錯覚もしてしまうほどコアで、私はワクワクしていた。他の生徒に通じていたのか不安。
午後からは「from DICTEE」 演出:三浦基



去年から続いている京都芸術センターの演出家養成企画。前回見た「象を使う」が期待倒れだったので、今回は期待が高まる。
・・・・・。
やはり、期待してはいけない。ん~。悪くはない。悪くはないけど、中途半端。戦争によって言葉を奪われた韓国人の自伝をもとに、松田正隆が脚本を書き、三浦が演出したのだった。戯曲を演出したのではなかったことも、難しい点であった。自伝を舞台化したため、舞台で行われるのは会話ではなく、モノローグ、あるいは叫びであり、芝居でキーになってくるコミュニケーションが見られない。もちろん、観客とも。
言語が奪われて悲しいというのは、ずいぶん男的な悩みで、身体的に不可能でも生活している人はたくさんいるのに、そういう苦悩が私には遠かったのだ。彼はセリフの言い回しにはこだわりがあり、一つのセリフをいくつかの箇所で区切り、複数人に言わせることで、ここに言葉が口伝だった時代を含めた歴史の積み重ねなのかなぁと感じた。舞台に乗っているのは苦悩であり、それがいつか救ってあげれる場面はないのかと、傲慢にも思った。日本語をフランス語の発音で、ラ行を「クワッ」と発音する場面は好きだった。
これ以降は終演後の鈴木忠志との話も絡めて書く。三浦は彼女の言語への抵抗感に自分とシンパシーを感じ、これを原作に選んだと言っていた。本当は3時間やりたかった(実際は1時間)のだが、それはやはり現場のこともあり叶わなかったとも。鈴木忠志もそれに絡め、原作から取り出す言葉が少し多すぎて、それに役者も、また脚本全体としても強度が足りなかったと言っていた。
また、演劇とは社会、自己、周りのすべてに対して肯定的であってはいけない。そうじゃなかったら、靖国を参拝してる宰相のいる国で、韓国人の被災体験なんか芝居でやらない。そういった違和感を表現する場として、変なことをやった極みは唐と寺山だが、自分も演劇を選び、最後には東京ではない利賀村に移ったと言ってた。(演劇評論家も数人同席している中で)評論家が何か書けば客が寄ってくるという図がゆるくて、そんなんはいやだと思って富山の山奥へ移ったと、公言していた。このへんはさすが大御所。ただ、言っておかなくてはいけないのは、鈴木忠志も三浦がそういう違和感を自覚しつつ、作品作りをしていることに期待しており(三浦自身も最近東京から京都に拠点を移し、劇団を活動させた)、特に「三人姉妹」を誉めていた。
まぁ、水沼健より、ずっとちゃんと話をしていた三浦の作品は、全てが意図されており、客がどこまで理解できたかはわからないけど、私には鈴木忠志とのダイアローグの方が面白かったという話。チャンチャン。
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by tsubasahappy | 2005-10-23 01:40 | パフォーミングアーツ